夜陰の中にうずくまり 照明に照らし出された幻想的な見栄えのする夜の工場とか、
新緑の中に埋もれてもいっそ荘厳な佇まいの山奥のダムとか、
旧型のアパートだとかマンホールの蓋とか、
様々なものが愛しいとか美々しいとされ、
アマチュアカメラマンらの撮影の被写体となっている昨今だが、
そんな近年、人が去って随分となる廃墟をわざわざ訪のうツアーというのが
ひそかにブームになっているのだとか。
有名なところでW県のTヶ島とか、
G島なぞは世紀末世界を舞台にした映画のロケ地となったことでも話題となった。
最近のブームは、衰勢した地の寂れた雰囲気や寂寥感がいいという人や、
コスプレイヤーさんがその頽廃した景色に惹かれ、
ファンタジー系やSF系の作品の世界観に重なるとばかり
撮影したくて…なんて恰好で盛り上がったものだが、
ちょっと前なら亡霊が出たのどうのと怪談や都市伝説として囁かれ、
肝試しにと行儀の悪いのが勝手に他人の土地へ入り込んで
夜な夜な大騒ぎをしちゃあ迷惑かけたというものが大半で。
「それでっていう依頼?
そういうのがウチに回って来るなんて珍しい話だねぇ。」
打って変わって、ここは初夏を迎えた季節の陽光あふるる、
ヨコハマの市街地に在す、武装探偵社の調査員用執務室。
爽やかな風がそよぎ込む窓からは、すぐ傍を通る幹線道路からの走行音なぞが環境音として届き、
だが、さほど耳に触るような騒がしさでもない、いかにも市街地ならではの賑わいが届く中。
概要が綴られた書類のコピーが、国木田から太宰と敦、谷崎へと配られる。
そこに記されている依頼の主旨によれば、
あまり馴染みのない地名の所番地にある施設候補地とやらへ出向いて
その地の監視と警備をしてほしいという内容で。
「住所しか書いてないですね。」
「そうだね、どういう施設が対象なんですか?」
太宰は既に何を監視するのか判っているよな口調だが、
まだあまりあちこちへの馴染みが薄い敦のみならず、
依頼に添うての情報収集も務めとしている谷崎まで知らないと来て、
18歳コンビが揃ってキョトンとし、同じ角度で小首を傾げれば、
「…それが、だな。」
鼻梁に掛かる眼鏡の合わせを くいと指先でずり上げた国木田は微妙に口調を凍らせ、
それに代わって太宰が、手近なデスクの縁へ凭れてという、やや緩んだ恰好のまま、
ふふーと こちらもまた微妙にも意味深に笑うと解説を始める。
「ちょこっと山深いところにあった とある企業の研修用の施設が、
このほど取り壊されて新しい公的な宿泊所に建て直されるのだよ。」
外国からの観光客が増加し、
此処ヨコハマもまた、せっかく招致には成功しているのに
惜しむらくは宿泊施設が足りないという事態になりつつあるがための対策の一環らしく、
箱根ほどではないながら、源泉から引いた温泉もあるなかなかの優良物件だそうで。
「所謂 バブリーな頃に建てられたというから、
構造的にも景観的にも無駄に豪奢でしっかとした作りらしくて。
補修して内装をし直せばそのまま民泊より上等な施設になりそな物件らしくてね。
ただ、」
素敵だろうと我がことのようにすらすらと語っていた太宰。
ふと、そんな口調というかその解説の言を止め、
何かを確認するかのように、後輩二人のお顔を交互に覗き込むと、
「ただねぇ。
そこって随分長いこと放置されていたものだから、
一見するといわゆる“廃墟”レベルで荒廃しているそうでね。
若い子の間で心霊スポットとか言われていて、怪しいのが出入りしてもいるそうなのだよ。」
「…し、心霊スポット、ですか?」
そうかそれで、
大した依頼じゃあなさそうだというのに
頼もしき武闘派の国木田が苦虫噛み潰したような顔になっていたのかと、
気の回る谷崎としては早々と察しがついたようで。
こそりと横目で長身な先輩様を伺えば、
ただ不快だというには重すぎる雰囲気がそこはかとなく漂っており。
片や、その傍らという位置に立っている太宰が どちらかといや淡々として振る舞っていたのも、
もしかせずともそこへ気づいてない振りをしてのことらしく。
“国木田さん、心霊関係はちょっと苦手だもんなぁ。”
無人の廃工場や商業施設跡地での乱闘だの怪しい取引の摘発だの、
荒事と判りきっている事案はともかく、
しんと静まり返ったところへ探りに行くよな依頼へは
あまりいい顔はしないし、何となれば自分は関わりたくなさそうで。
敦が加わり、太宰がその教育係に割り振られて二人で行動する機会が増えたので、
そんなようだったという傾向自体あからさまになってはないが、
そこは特異な方向で察しの良い人が多い社なだけに、
“きっと、敦くんや鏡花ちゃん以外には知れ渡ってることなんだろうなぁ。”
自分を含めて人を律することへ情熱熱き人だというに、
その土台になろう凛とした気概を保てなくなる要素だもの。
関わりたくはなかろうよなと、
ともすりゃあ同情気味の視線を向けている谷崎なのへも気づかぬまま、
いやさ、きっとそこまでも丸っと判っている上でだろう、
「着工式は明後日の週末なんだけど、
その朝まで、規制線張って誰も入り込まないように見張ってほしいって。」
テロとか恐れているってことなのかなぁ、
大臣を来賓に招いてとかいう級での、
さほど仰々しい式典を構えている風でもないのにねぇなんて、
白々しくも“訳が判らないなぁ”なんて言いようをする太宰なのへ、
「〜〜〜〜〜。」
判ってて言うかという方向ではなく、
あくまでも 厄介なという自身への鬱屈に眉をしかめる国木田であり。
ああこの顔合わせということはこの4人で当たるのだろうな、
現場まで車で出向くとして、昼夜の監視だからという2交代制か。
お気の毒だが、他の社員も出払っており、誰ぞとの交代も無理な話と来て、
この顔ぶれでの着手となりそうな流れであり。
大した活劇ではなさそうであればあるほど、
そうともなれば、人を揶揄って遊ぶという意地の悪い性癖のある太宰に、
心霊スポットという相性最悪な舞台にて
生真面目な彼がいじられまくりとなる流れはもはや確定かと。
“うわあ〜〜〜、”
それを見守らにゃあならないこっちにも胃の痛いお務めになりそだなぁと、
“細雪”でも隠し切れなかろう、やや引きつった顔でいた谷崎がふと、
何かしら考え込んでいるような雰囲気でいる虎の子くんに気が付いた。
視線を伏せがちにし、口許へ拳を当ててじっと黙りこくっており、
国木田と太宰の会話も聞いてはない様子。
「敦くん? 何か気になることでもあったのかな?」
今回のこの依頼、要は単なる泊りがけの監視で、
もしかしたら 公有地だというに不法侵入も辞さないとする、
行儀と柄の悪いイマドキの若者との衝突とかあるやもしれないが、
せいぜい破落戸相手の喧嘩級のそれだろうと思われる。
ポートマフィアの必殺の異能を操る手ごわい禍狗さんとか、
海外から襲い来た異能者集団の総帥とも、
タイマン張って(…あ・後者は2対一かな?) 勝ったほどの強わものだのに。
活劇という展開にもならないだろう案件へ、
一体何をそうまで深慮しているのだろうかと声を掛ければ。
暁色の紫水晶のような双眸を不安げに瞬かせ、
おずおずと言葉にしたのが、
「あの、シンレーって何ですか?」
「はい?」
はいぃい?
to be continued.(18.05.20.〜)
NEXT →
*ニコ動の“新旧双黒で だんすろぼっとだんす”、
何度もリピートして観てますvv 物凄い可愛いvv
動きが細かくて惚れ惚れするし、芥川くんがにこにこしてるのも可愛いvv
それで弾みがついて、ちょっとコミカルなお話をと構えたはずなのですが…あれれぇ?

|